ローリング・ストーンズ アナログ盤蒐集生活!

ローリング・ストーンズのオリジナル盤、各国盤や珍しいレコードを紹介しています。

ローリング・ストーンズ 日本盤EP エンプティ・ハート+3!!

ローリング・ストーンズの日本盤EP『エンプティ・ハート』です。1965年(昭和40年)5月に発売され、規格番号は17M-99です。曲目はUK盤『5X5』から「2120 South Michigan Avenue」をカットした4曲仕様となっています。UK盤の方は64年8月に発売されたので相当遅れての発売となっています。ピクチャースリーヴは日本盤LP『OUT OF OUR HEADS』で使われていた写真が白黒で使われています。当時の値段は400円でした。

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ピクチャースリーヴの裏側です。当時のシングル盤同様キングレコードのカタログでストーンズの「ハート・オブ・ストーン」が載っています。

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右下に規格番号の17M-99と当時の値段¥400があります。

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見開きの内側です。解説はなく歌詞が載っています。

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曲目の部分です。

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インナーです。セヴンティーン・シリーズ専用のインナーです。しかし単純に考えて400円シリーズではなく何でセヴンティーン・シリーズだったのか分かりません。

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内袋の反対側です。

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ラベルです。上部にffrrの耳のマークとLONDONのロゴがあります。中央にセヴンティーン・シリーズと回転数とその右下に規格番号と面表記があります。タイトルの「EMPTY HEART」の下に曲目があります。曲目は中央揃いとなっています。この当時のシングルとはまた違った豪華な感じのラベルです。マトリクスは機械打ちでDCT143-2/DCT144-1です。両面にJISマークがあります。

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B面のラベルです。

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UK盤EPの『5X5』はイギリス以外では「2120 South Michigan Avenue」を除いた4曲仕様となっていますが、日本でも4曲仕様で発売されました。ただ、タイトルが「エンプティ・ハート」となっており、ピクチャースリーヴも前回のEPで『5X5』の写真を使ってしまったためかここでは日本独自のデザインとなっています。このEPの曲はUSA盤『12X5』に全曲収録されていますが、演奏も選曲も良くこの時期のストーンズがいかに素晴らしかったのがよく分かります。あまり触れていませんが、全曲スチュが参加していていい演奏を聴かせてくれています。当時スチュが「全曲参加してるのにみんなは俺の存在に気付かないだろうな。」と発言しているのがちょっとかわいそうですが…。また、タイトルにもなった「Empty Heart」ですが、オランダでは当時シングルA面で発売されたり、このEPでもタイトルに使われている事から当時は人気があった曲なんでしょうか?今ではベスト盤にも入らないマイナーな曲ですが、どんな曲が注目されるか分からないですね。

ローリング・ストーンズ 日本盤EP テル・ミー+3!!

ローリング・ストーンズの日本盤4曲入りEP『テル・ミー』です。1965年(昭和40年)1月に発売され、規格番号は17M-95です。当時SEVENTEEN SERIESとして発売され、値段は400円でした。ストーンズ関係では4枚発売されているので今回から1枚づつ分けて紹介したいと思います。曲目は「テル・ミー」「アイ・ワナ・ビー・ユア・マン」「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ」「かわいいキャロル」の4曲です。「アイ・ワナ・ビー・ユア・マン」はシングルでは「彼氏になりたい」という邦題で発売されていましたが、ここでは原題のカタカナ表記になっています。また、「イッツ・オール・オーバー・ナウ」の「オーバー」が珍しく「オーヴァー」と表記されています。この4曲入りEPの選曲は日本独自のものです。ジャケットはUK盤EP『5X5』と同じ写真が使われています。上部に大きく33 R.P.M.とSEVENTEEN SERIESとタイトルがあります。

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裏側です。こちらは歌詞が書かれています。当時のシングル盤にあった解説はありません。

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曲目の部分です。

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右下に規格番号の17M-95と当時の値段¥400があります。

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内袋はセヴンティーン・シリーズの専用のものが付けられています。400円というのを強調していますね。この当時は2曲入りのシングルが330円だったので4曲入りで400円とはかなりお得だったですね!下部に2ヶ所デザイン違いのLONDONのロゴがあります。その中央に回転数があります。

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内袋の裏側です。こちらはラベルの穴がありません。中央に大きくLONDONの文字があります。下部に回転数とキングレコードの表記があります。

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ラベルです。上部にffrrの耳のマークとLONDONのロゴがあります。中央にセヴンティーン・シリーズと回転数があります。右下に規格番号とその下に面表記があります。タイトルとグループ名の下に曲目があります。曲目は中央揃いでタイトル、作者の順にクレジットされています。「I Wanna Be Your Man」の作者はシングル盤同様ここでもLemon-McCarthyと間違えています。マトリクスは機械打ちでDCT133-3/DCT134-1-1-3です。両面にJISマークがあります。

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B面のラベルです。

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4曲共エディット等はなく、全て他のレコードと同じヴァージョンで収録されています。このEPが発売された65年1月というとシングルは「タイム・イズ・オン・マイ・サイド」、LPは1ヶ月前に『ファースト』が出たばかりです。そのためかここでは『ファースト』から2曲も収録されています。LPは1500円と当時としては高値だったので、こういうEPはLPを買えない学生などから重宝されたのかも知れませんね。私がレコードを集め始めた頃はこういうレコードはコンパクト盤と呼ばれていて、いろいろなアーティストのレコードが出ておりやはり重宝しました。また、「テル・ミー」のシングルはこのEPよりも3ヶ月も前に発売されたのにここでもタイトルに使われ中心的な存在なので当時の日本では人気があった曲だったんでしょうね。私はストーンズよりもグループ・サウンズのオックスのライヴ盤の方を先に聴きました。後で本家の方を聴いた時はいい曲だと思い、ストーンズ聴き始めの頃好きだった曲です。こういう昔の日本盤を見ると、発売当時に買った人はどんなことを思ってこのレコードを買ったのか聞いてみたい気がします。

ローリング・ストーンズ UK盤 TIME WAITS FOR NO ONE!!

ローリング・ストーンズのUK盤『TIME WAITS FOR NO ONE』です。1979年6月1日に発売され、規格番号はCOC 59107です。このアルバムはローリング・ストーンズ・レコーズがアメリカ以外のヨーロッパ、日本などでEMIに移籍後にWEAから発売されたもので、70年代の音源を集めた編集盤となっています。まあ、契約が一枚残っていたので消化したといった感じでしょうか。内容は既発音源ばかりであまり意味のないアルバムですが「Time Waits For No One」のエンディングのドラムのリムショットが通常よりも長く収録されているヴァージョンとなっています。ジャケットはストーンズに関連したツアー・ポスターやグッズなどのいろいろな写真をちりばめたこういう編集盤にありがちなデザインとなっています。ジャケットの両端に曲名が書かれています。両面艶のあるジャケットです。

右上にANTHOLOGY 1971-1977とあります。71年から77年というと『STIKCY FINGERS』から『LOVE YOU LIVE』までで、今考えるとたったの6年間でこれだけ内容の濃いアルバムを出し続けていたとはスゴいことですよね!

裏ジャケです。当時の世相を表している新聞の見出しのようなコラージュとなっていますが、何となく当時のパンク・バンドのジャケットの影響を受けているような気がします。日本語で「空港襲撃される」とありますが、これは78年3月26日に起きた成田空港の管制塔に反対同盟が乱入して機器を破壊した事件の事だと思います。これによって成田空港の開港が2ヶ月も遅れたという事がありましたね!当時、このアルバムを見た時に「オー、日本語が載っている。」となんだか感動したのを覚えています。

裏ジャケ下部に著作権表示、A Rolling Stones Recording distributed by WEA Ltd.や、このジャケットをデザインしたM&Co.のクレジットがあります。

右下にベロマークがあります。

インナーはこのアルバム専用のものが付けられています。厚紙でしっかりとした造りで、表側はベロマークとなっています。

右下に規格番号のCOC 59107があります。

裏側は曲目となっています。

A面の曲目です。タイトルと参加メンバー、プロデューサーと著作権クレジットがあります。メンバーのクレジットはキースが先だったり、テイラーが先だったりと曲によって順番が違います。

B面の曲目です。2曲目の「If You Can't Rock Me~Get Off Of My Cloud」のメドレーは『LOVE YOU LIVE』からです。

曲目の下に作者クレジットとジャケットをデザインしたM&Co.のTibor KalmanとCarol Bokuniewiczの名前が載っています。

ラベルです。上部にグループ名とタイトルがあります。左側にいつもだったらMade in UKとなるところが珍しくManufactured in the UKとなっています。その下に面表記とマトがあります。右側にベロマークと著作権クレジットがあります。タイトルは中央揃いになっています。その下に作者クレジットと出版社のクレジットあります。一番下に小さく回転数とSTEREOがあります。回転数とSTEREOがこんなところにあるのも珍しいですよね。マトリクスは手書きでS-3 COC 59107 A/S-3 COC 59107 B4です。両面に機械打ちでATLANTIC STUDIOS D.K.の刻印があります。 

B面のラベルです。

最初にレコード店でこのアルバムの曲目を見た時に「If You Can't Rock Me」と「Get Off Of My Cloud」のメドレーが入っている事からもしかした「All Down The Line」や「Star Star」なども75、76年のライヴ・ヴァージョンなのかな?と期待してましたが聴いてみたら何のことはない普通の編集盤でガッカリしたのを覚えています。貴重なのは最初にも書きましたが「Time Waits For No One」のエンディングのリムショットが長いヴァージョンだけです。このヴァージョンは今ではCDでも聞くことが出来ますが長い間レアなヴァージョンとしてマニアの間で話題になっていました。最初にも書きましたがこのアルバムは契約を消化しただけの当たり障りのない編集盤ですが、こういうレコードをだすのだったら未発表曲を集めたレコードを出してくれたらファンは喜ぶと思うのですが当時のストーンズってなかなか未発表曲集は出してくれませんでしたよね!

初めて西新宿でレコード屋巡り!!

ロック好きの人なら一度はレコードを買いに訪れているであろう西新宿。80年代~90年代は何十軒ものレコード屋さんが密集していて、全部のお店を回るのに一日を要するんじゃないかといった感じでした。コロナ禍になってから一度も訪れていませんが、最近はレコード屋さんの数はかなり減ってしまいましたね。

初めて西新宿へレコードを買いに行ったのは高校3年生だった1977年5月2日のことでした。初めての東京で、ミュージック・ライフの広告を頼りに特急で4時間近くかけて上京しました。特急で上野駅に着いてから山手線で新宿まで行き、西口の改札を出たまでは良かったんですが、駅の外に出る出口が分からない…。人波に流されながらぐるぐる回っていて適当に近くにあった階段を上るとロータリーの中にあるバス乗り場でした。しょうがないのでバス乗り場から道路を横断し、何とか地上にある歩道にたどり着きました。一旦駅の方に戻り駅沿いの道を右に歩き始めました。信号を渡り更に歩いていくと雑誌の広告に出ていた目印の店があり、その道を左に曲がり、すぐに右に曲がったところにそのレコード店はありました。キニ―というお店です。今迄何度か通販で利用していた店にやっとたどり着いた感激で写真を撮ってもらいました(笑)。

店の中に入ると4畳半もないような狭い店で大音響で音楽が流れていました。雑誌で見たレコードがたくさんあり、当時は情報が全くなくどれを買っていいのか分からなっかったので、値札に書かれていたコメントを参考にこの時は値札に「ミック・テイラー最後のコンサート」と書かれていたストーンズの『NASTY MUSIC』や、75年のLAのライヴ盤、ビートルズの『GET BACK』など5枚を買いました。下の写真は当日キニ―の前で撮った写真です。

次の店はその店の近くにあるOMという店で、この店では壁にジョン・レノンの『ROOTS』が飾ってあり、この時は何のレコードだろうと思って見ていたのを覚えています。この店ではリンダ・ロンシュタットの当時日本盤が出ていなかった『SILK PURSE』を買い、この時はまだ他の店は知らずこの日はこの2件だけ回って初めての東京だったこともあり疲れてとりあえず帰ることにしました。帰りも相変わらず新宿駅への入り方が分からず、適当に階段を下りて行ったら改札にたどり着きました。ホント、地方から出ていくと東京って大冒険ですよね!上野に戻り、駅の中でカレーを食べて帰りの特急に乗りました。帰りの列車の中では買ったレコードを取り出して感動して眺めたりしていました。ストーンズの『NASTY MUSIC』はこの時初めて見ましたが、その後音質と超人的な演奏が話題になりプレミア価格になって驚きました。オリジナル盤を普通の値段で買えてラッキーだったと思います。夕飯までには家にたどり帰り、明治生まれの祖父に東京へ行ってきたこと話すと「日帰りで行って来たのか。」と驚いていました。祖父はこの街に新幹線が通る2年前になくなったので、現在は新幹線で1時間半で東京に着くと知ったらもっと驚いたでしょうね。東京でレコードを買ったのはもちろんですが、初めての東京は人が多くてものすごく刺激的だったのを覚えています!

ロックを聴き始めて今年で50周年!!

初めて洋楽を聴いたのがちょうど50年前の1972年(昭和47年)。中学校へ入学して親からカセット付きのラジオを買ってもらい、自分の部屋で勉強すると言ってはラジオを聞くようになりました(笑)。当時は洋楽をかける番組が多く、音楽専用の番組以外でもクイズ番組で勝ったゲストがリクエストした曲をかけてもらうといったように音楽が一日中流れていました。クラスで人気だったのはカーペンターズ、ミッチェル・ポルナレフT.レックスなどで友人とロックの話をするようになり、私の好きな曲はジョン・レノンの「イマジン」でした。当時はジョンがビートルズのメンバーだったことも知らずに聞いていました。ちなみにビートルズのメンバーだったことを知ったのはこの年の10月に「中1時代」という雑誌にメンバーの名前が出ていてそこでジョンがビートルズのメンバーだったことを知りました。

当時よく聞いていたラジオ番組は「夜はのり子」という毎日0時30分から1時までやっていた番組でそこで洋楽のヒット曲をだいぶ覚えました。先日ツイッターでこの番組を覚えている方、と挙げたところ全く反応がなかったので、ローカルの番組だったのかも知れません。須藤典子さんというDJの方がコケティッシュな声でやっていた番組で、最初に詩(多分須藤さんのオリジナル)を朗読して、洋楽を3曲かけて、途中で最近の話題の話などを挟んで再び洋楽を2曲かけるという30分の番組でした。私がストーンズを初めて聴いたのもこの番組で忘れもしない1972年6月20日火曜日番組で「サティスファクション」が流れました。イントロのファズのギターの音が爆音に聞こえ、なんだこの曲は?と一発で気に入りました。何でそんなに細かく覚えているのかというと学生時代の私はビル・ワイマンのようなメモ魔だったんです。そのメモを見ると77年5月2日初めて西新宿へレコードを買いに行ったとか、その他コンサートに行った日や女の子とデートをした日などが書かれていました。話がそれましたがこの日はストーンズに出会った記念日となっています。この日他にかかった曲はジョン・レノン「イマジン」、シルヴィ・バルタン「哀しみのシンフォニー」、グラス・ルーツ「今日を生きよう」などでした。考えればジョン・レノンビートルズ)、シルヴィ・バルタン、そしてローリング・ストーンズは現在も飽きずに聞いているのでやはり初期の頃聴いた曲ってその人の一生を決めるものなんですね!しかし、ストーンズのレコードを買うようになるのはこの2年以上も後で、私は最初熱狂的なビートルズマニアで、初めて買ったLPもビートルズの『レット・イット・ビー』でした。ストーンズは「サティスファクション」は良かったのですが、当時の新曲「ダイスをころがせ」が当時は印象に残らないなんとも聞きずらい曲で、その後の「ハッピー」もなんだかなぁ~、と今では考えられない位興味がわきませんでした。そして翌年初めの来日中止事件があり、ストーンズっておっかない人たちなの?と離れてしまいました。それが74年頃から現在まで毎日ストーンズを聴いている日々になろうとは人生分からないものですね!ストーンズの他にもロックのアーティストはいろいろと聴きましたが、途中で離れたりまた聴くようになったりを繰り返していて、ずっと聴いているのはストーンズだけです。50年も飽きさせないストーンズの音楽ってスゴいですよね!